くだまきあーと

擬似よっぱらいOLがくだをまく、余生の日記。

【読書メモ】「幽玄F」を読んだ

 

 

 

 

文芸誌「文藝」の今年の夏号に掲載されていたのを、つい今週、10月17日になってやっと読んだ。2023年10月20日、「文藝」2023年秋号(冬かも)が発刊されたと同時にこの小説も単行本化されたので、購入済みだ。「文藝」に掲載されていたときの参考文献は数冊程度であったが、単行本にはしっかり3ページにわたって参考文献が掲載されている。
それにしても、電子書籍でしっかり購入していたのに、なぜここまで放置していたのだろう。それに、なぜこのタイミングで読むことにしたのか。やっぱりアレだろうか、在宅勤務のときBGMがわりにΖガンダムを垂れ流していたせいか。

 

この小説のざっくりとしたあらすじを書くとなると、飛行機に、空に夢を見た20世紀ギリギリの年に生まれた易永透という少年が、天才パイロットとして自衛隊に名を馳せたものの、戦闘機に乗れなくなったことで自衛隊を辞め、タイの航空スクール教官(実際は違法観光ガイド)、バングラデシュの民間航空会社で勤務する。目的もないまま東南アジアの世界をふらつきながら、自分の呪いのようにとりつかれたものに挑む。
(あらすじどころか、これが全てちゃうか?)

 

冒頭にΖガンダムがどうたらと書いたけど、読んでいる最中はむしろ三島由紀夫とほんのりジブリの「風立ちぬ」を意識しながら読んでいた。単行本刊行にあたって作者が受けていたインタビューによると、ガンダムジブリも関係なく、この本は三島を題材に描いたものである。戦闘機、というエッセンスが、わたしにそう勘違いさせただけだ。実際のところ、自衛隊に所属し戦闘機パイロットであった時代の描写は全体のざっくり3分の1程度で、そう多くない。

作者はもともと三島由紀夫が好きで、「三島をモチーフに」の依頼を受け、直木賞受賞前の2018年からこの小説を書き続けていたという。三島に対して何を思い、何を表現したくて書いたのかは作者本人が語っていることが全てであり、もはや語ることはないかと思う。そもそもわたしは、「金閣寺」で初めて三島作品を手に取り、ものの見事に脱落しているので、語る資格すらないのだけれど、三島由紀夫が壮絶な最期を遂げていることくらいなら知っている。そこだけ知っていてもなんとなく察する通り、この主人公もとりつかれているかのように、追いかけ続けているのだ、何かを。

 

主人公はわざわざ旅客機のパイロットではなく自衛隊の戦闘機パイロットになることで、ある程度の理想を叶えたはずであるが、そもそも主人公は、三島はおろか真言宗のお寺で住職となっている祖父や、おそらくタイで亡くなったであろう右翼の若者の説く「護国」には興味を示さない。自衛隊を辞めることができたのも、「戦闘機に乗れなくなったから」だけではなく、ただただそういったことに興味がなく、自分が引き寄せられるものがなかったからではないか。彼にとって、民間航空会社はもちろん、自衛隊は心を捧げるような場所ではなかった。
では、主人公がとりつかれているものはなんなのか。


物語の中は仏教の要素がたくさんちりばめられており、あれだけ熱中していた戦闘機よりも、ずっとそばにつかずはなれず仏教の存在がある。そして、主人公は、おそらく一生かけてもうち勝つことができないAIと同じ、たとえば空に住まうGや窒息感のような、巨大な敵である「蛇」に支配されている。空は死の色をしている。
仏教上では、孔雀明王真言であれば蛇(=災いや煩悩)にうち勝つことができるとされるらしい。主人公がほしかったものは、空を悠々支配する「蛇」に抗いうる力であり、その道具として戦闘機があったに過ぎない(この小説内で、戦闘機の存在そのものに意味はちゃんとあるのでまったく無意味とかではない。作者曰く、「金閣寺」の主人公にとっての金閣寺がこれにあたるというので)。

ジャングルで出会った日本人の老僧に教えられた、「幽玄に心をとめよ」という言葉が主人公を捉える。主人公に理性はあったものの、思いは突っ走り、おそらく自衛隊にいたのであればしなかったであろう行動をおこすさまに、待ったをかける。人生は修行みたいなもので、思いをとげるにはそうそううまくいかないことが多い。春が過ぎ、夏が過ぎ、秋になって、冬を迎えても、それを幾度と繰り返し、自分の生きている世界の中で何かが始まり、終わりを迎える、そんな無常を目にしていても、心は幽玄にたもつ。この「幽玄」という意味がけっこう難しいところであるが、芸術的な考え方で言うと、優美に、しかし感覚を研ぎ澄ますさまというのがそれっぽいかな、と個人的に思っている。仏僧でありながら連歌の道をゆく心敬が記すこの言葉は、その先に続くものを示してくれるようであった。

 

この世界に輪廻転生はあるのだろうか。似たような魂が生まれることはなんだかあり得そうな気がする。
バングラデシュで出会った主人公と同じく空に魅せられた少年は、主人公とはちょっと違ってずるがしこくで、よく口の回る、逞しい子供であった。お金をもらったらまず専門書を買い、紙飛行機を飛ばした少年は、きっと主人公とはまったく違う人生を歩むであろう。

 

スペイン🇪🇸旅の記録

アメリカには散々行ったことがあるけど、そういえばヨーロッパって行ったことがないな…。
というところから始まったスペイン旅となります。

 

タイとかはツアーではなく、自分たちで行き先を決めた気まぐればったり旅でしたが、ヨーロッパって治安とかちょっと不安だよね…となり、初めてのヨーロッパはツアーで。
おかげさまで、ちょっぴり大変だったけど楽しい旅になりました!

 

✴︎バルセロナ✴︎

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都会を感じるバルセロナ
首都はマドリードなのですが、バルセロナも大きな街で、ビジネス目的と思われる方々もたくさん右往左往していました。観光客も多く、団体客もちらほら。「スペインの観光客でアジア人は1割しかいない」と聞いたことがありますが、それも納得の、ヨーロッパ系の観光客の多さです。同じ欧州から来ているような人はもちろん、話している言葉が明らかにスペイン語、と言う人もいて、国内観光客も多いと思いました。日本も割とそうですが。
都会だな〜と感じた一方で、街のあちこちに隠れ見られる美があり。とっても見どころのある街でした。

 

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スペインのタクシーは結構わかりやすく、こんな感じの黒と黄色のタクシーらしい。
タイに行ったときは個人タクシーを自分で手配したり、ホテルに紹介してもらったりでした。それよりも観光客目線って感じでしたし、あまりぼったくりされることもなかったです。


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これは各地で見たけど、ゴミ箱めっちゃでかいので吹き出しそうになった。
本当になんでこんなにでかいの…笑。
そういえばワンコをよく見かけました。猫ちゃんはあまりですね。野良猫もほとんど見なかったかな。欧州人は犬派なのかもしれません。

 

カサ・ミラ(Casa Milà)

まず訪れたのはここ。カタルーニャ語で呼ばれる「La Pedrera」は「採石場」という意味もあるらしい。スペイン語名で言うと、「Casa」はスペイン語で「家」を表し、つまりここはその名の通り「ミラさんの家」というわけ。
わたしは一般的な建築とかにあまり疎いので、実はこの観光地自体を知らずにきました。ヨーロッパの行き先をスペインに定めたのも、ヨーロッパの中でも世界史に深く関わりのある国で、ベネルクス3国+ドイツツアーとフランスと迷って日程や価格がちょうどいいのがスペインだったからという理由。バルセロナという地名もよく知っていたけれど、実際どういうところかは知らず。
ここはガウディと深く関わりのあるところなんですね。


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直線を全く使わず、波打つ曲線をもつモデルニスモの建造物は、地中海やカタルーニャの雪山をテーマに造られています。当時のバルセロナ市民にとってはとても醜悪な建物で「石切り場」と呼ばれていましたが、ガウディが手掛けた個人邸宅では最後の建築で、現在も賃貸マンションには4世代が住んでいます。(カサ・ミラ | アントニ・ガウディの作品群 | 世界遺産オンラインガイド)

家主以外にも賃貸住宅として貸出されていたそうで、今も住めるらしいです。
建築当時は高級住宅だったらしく、それなりのお値段だったそうな。

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屋上が見どころの一つなんですが、人が本当に多いので、写真映えは気にしない方がいいです。ぐるりとお散歩できます。
この近辺はフツーの住宅がずらりと並んでいるので、隣の家のわりかし生活感のあるベランダとかが見えます。

ガイドさんから「事前にネットでチケットを予約するように」と言われて来たのですが、9月のオフシーズンであれば一応当日券もあるので焦らずにOKの様子(夏の観光シーズンはきついかも?)。その場合、「General」を1枚オーダーすればOK。入場規制が敷かれてることもあるらしいのですが、9時台朝一番で行ったこともあり、カサミラはあまり待ちませんでした。入場料は25ユーロ、少々お値段します。
わたしの場合、当日必ず行くと決めていたカサミラとカサバトリョ、カタルーニャ音楽堂は事前確保しようとしていたのですが、カサミラだけは決済不能でした。決済方法はこの3つだとカサミラ以外はPayPalがあるのでPayPalをお勧めします。原因はわからないけど、日本のクレカで直接決済だとうまくいかないこともあるみたいです(わたしのルミネカードはダメでした)。
ただし、どのような決済方法を使ってもうまくいかない人はうまくいかなくて、決済保留ののちに数日して支払い完了になってしまうということもあり。結局、決済トラブルを避けるには現地購入になりそうですね。

 

カサ・バトリョ(Casa Batlló)

その名の通り、「バトリョさんの家」。繊維業者のお金持ちの方が依頼し建てられたそう。「バトリョ」というのは現地の言葉としては適切ではないらしいです。「バッリョー」が正しいらしい。「アントニ・ガウディの作品群」として、カサミラやサグラダファミリアと一緒に世界遺産として登録されています。

この真ん中の家がそれ。外観がとにかく独特です。
こちら車窓から撮影した画像ですのでなんかまがまがしいですが。人で常に賑わっています。人気の観光地で、入場にも時間がかかりました。

 

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ユニークな外観が目を引くこの建物のテーマは海。外壁に埋め込まれた色とりどりのガラスモザイクは、地元の会社から譲り受けた廃棄物のガラスや陶器の破片を利用したもので、まさにエコハウス。
ガラスモザイクは陽の光をあびて輝き、まるで海面がキラキラと光っているような光景。建物のファサードが海面で、内部は海底や海底洞窟をイメージしています。ガウディ特有の曲線を随所に見ることができるデザインが外部や各部屋に配されているのが特徴。
淡い色のデザインとユニークな形のバルコニーにパワーを感じる、スペインモデルニスモ建築の代表例とされています。(カサ・バトリョ | アントニ・ガウディの作品群 | 世界遺産オンラインガイド)

 

カサミラが曲線の家だそうですが、こちらも負けていない。
かわいいが詰まっている、カラフルなおうちです。お土産物屋さんもかわいいので覗いてみると間違いなし。

観光客が多いので、ヘトヘトになりながら観光しましたね。バルセロナは日本と同じくらい暑かったので、観光は大変でした。
確かチケットにランクがあって、高いものは1万円は超えちゃうんじゃないかな。時間もかかると思うので、安いので十分な気もします。見れたとしてもラウンジとかバトリョ私邸とかなので。
わたしは一番安い「BLUE」というランクです。ガウディキューブ(空間デザイナー監修の360°ショー)が見れますが、ガウディドーム(3Dプロジェクションマッピング)は見れないやつ。


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かわいい〜!
曲線の木の床、ドアとかも多いんですが、花柄の床とかもあり。
かわいいセンスが光る。
スペインにかわいい文化のイメージは全くなかったんですが、覆りました。かわいい。

 

スペイン・バルセロナの住宅事情なんですが、やはり賃貸が多いそう。東京と同じですね。
古い建築物を借りながら暮らしている人が多いようです。
バルセロナの有名な通りといえばグラシア通り、ランブラス通りになります。カサミラ・カサバトリョはグラシア通り沿いで、こちらはおしゃれな高級ブランドの立ち並ぶ通り。ランブラス通りはカタルーニャ広場からコロンブスの塔まで続く、屋台や市場に行きやすい通り。ランブラス通り沿いの住民は、近辺が観光客だらけなのを見越してか、窓辺に立って素っ頓狂なコスプレをして観光客を沸かせていました。

 

❸タパタパ

昼食は「タパタパ」というお店。
これは確かグラシア通り沿いだった気がしますが、ガイドさんお勧めはメインストリートから一本脇に入った通りのお店がランチにはいいそう。その方が混んでないらしいです。

スペインのお昼は遅いので、現地時間に合わせてご飯としました。

そういえばヨーロッパ、ナチュラルにカトラリーがあるのがギャップ感じました。
日本のご飯屋さんで生きている人間ですので、常にカトラリーと紙ナプキンがある生活に感心。ナプキンがあったら膝に乗せるように、と教わったことがありますが、こちらは薄手で小さめの紙ナプキンで、テーブルクロスも引いてないので、基本的には膝などには乗せずカトラリー置き場みたいに使うのが正解っぽい。


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カタルーニャ音楽堂(Palau de la Música Catalana)

建築家でガウディともよく比較される?リュイス・ドゥメナク・イ・ムンタネー(Lluís Domènech i Montaner)による、美しいコンサートホール。20世紀の合唱団のために建築されたようです。
こちらの建築家は「サン・パウ病院」も担当したそうです。
なんというか、バルセロナの建築物、病院だのコンサートホールだの、些細な市民生活にも必要なものに有名建築家が携わっていてすごいです。

壮大さでいえばここはマストですが、観光地としてはおすすめではないかな。そんなに入って面白いものがあるわけではないです。とにかく綺麗、それだけって感じ。ガイド付きツアーの人がいたからか、パイプオルガンの演奏?みたいなのがありました。
すぐ近くが綺麗なカフェなので、入ってみたかったな〜。

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サグラダ・ファミリア(Sagrada Família)

バルセロナ、いやスペイン最大の観光地。ここは別格です。
バルセロナ新市街、100m×100mの正方形に整備された中に堂々と建つサグラダ・ファミリアです。

2026年完成とのニュースがあったそうですが、現地ガイドさんによるとまた延期されたらしい。実際、この下の画像見てると2026年に完成できそうにないですよね。
まだまだ建設中な上に、一部彫刻を担当する彫刻家を選定中であり、難航しているとか。カタルーニャの建築物ですので、バックグラウンドがカタルーニャの方を探しているようです。他にも近くの住人との立ち退きバトルがあったり、なかなかうまくいかないようす。完成が近くなったら立ち退く契約ではあったみたいですが。

 

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これをもっと綺麗に、正面から写すこともできたのですが、中国やアメリカから来たの?って感じのインフルエンサーみたいな身なりの人たちがこぞって写真撮ってたので引いたのでやめました。


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この草の辺りは外尾悦郎氏が担当した彫刻。2000年完成の「生誕の門」。よくみると虫がいる。
サグラダファミリアは完成させる順番があり、それがキリストの誕生から再生の順になるということ。


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本当に観光客だらけ!
ステンドグラスがあり、昼夜で見せる姿が違うと評判。


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こちらは受難の門のあたり。
よくよく彫刻を見てみると、より現代的な作品になっている。こういう大聖堂って、まるまると美しく、より現実に即してっていう感じのものが多いので驚いてしまいますが、キリストの受難をテーマにして制作された彫刻がこういったものになるのは納得。

 

文章ではうまく表現できませんが、サグラダ・ファミリアがこのように有名なのはわかります。一回行ってみると、その壮大さを前にしてたくさんのインスピレーションが得られると思います。お勧めです。
ガイドさんがいてくれて、たくさん説明してくれたのでよかったです。

あと、ちゃんと早めの時間に行けば、サグラダ・ファミリアで働いている人の様子がきちんとわかるそうです。

 

バルセロナでは他にも、グエル邸やTablao Flamenco Cordobesに行きました。
フラメンコは最前列をキープ、圧巻でした。

 

✴︎タラゴナバレンシア✴︎

写真はあるものの位置情報をオフにしていたせいで、「ここはどこだっけな」ということが非常に多い。
ええと、多分ラス・ファレラス水道橋です。タラゴナに行く道中、立ち寄りました。雨が降ったら立ち入り禁止のようですが、それも納得の足元の悪さ。現地の社会科見学らしき団体の生徒たち以外は、観光客もまばらでした。


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タラゴナバレンシアは行ったはいいものの、あまり印象がない…。
こちらはタラゴナの有名なローマ時代の円形劇場。

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こちらもタラゴナ。ヨーロッパ味を感じてキュンとしました。
これかわいい〜。

水道橋や円形劇場は世界遺産に登録済み。タラゴナはまさしくローマ帝国時代の街であり、その後カトリック教国西ゴート王国支配下となってからもウマイヤ朝により征服されるまでは栄えていたとか。ウマイヤ朝イスラム教であり、その後レコンキスタによって12世紀にカタルーニャに取り戻され、キリスト教社会へ復帰。スペインでも伝統のある街だそうです。

 

ここからはまた移動をして、バレンシアへ。

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この辺りで撮影した写真はたくさんあるのですが、ささっと見学しただけなのでいまいち掴みきれず。
こちらはラ・ロンハ・デ・ラ・セダの天井。精巧な彫刻です。ゴシック様式・15世紀建築の絹の商品取引所。バレンシアは当時、強力な経済力を誇っていたとのこと。1ユーロで入場可能。
バレンシア人はプライドが高い、とは現地の方の言葉です。現在の中心地はマドリードバレンシアは経済を立て直して観光にも力を入れているようですが、街中の観光客はまばらです。


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こちらも15時ごろまでにいけば商品取引中に入場できるらしい。
オレンジやワインなどが有名で、お土産も買えそうです。


✴︎ラ・マンチャ地方とトレド✴︎

厳密にいうとトレドはラ・マンチャ地方の一部らしいですが。

この辺りは「ドン・キホーテ」で世界的に有名な場所。カンポ・デ・クリプターナです。ざっと風車を見学しました。

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その後、トレドへ。f:id:YMYM-U:20230930161159j:image

スペインは割と、街と街の間に田舎があって、車移動する感じです。
うまいこと表現できなくてアレなんですが。都市が独立していて、一つの国かのように感じました。日本の場合、都会も田舎もあるんですが、こうして首都圏に住んでいるとスペインよりかはメリハリのない場所だと感じます。
東京は全面的に都会ですが、ちょっと下ると下町やベッドタウンになるなど、人や建物の本質は違っても数は多い。首都圏から外へ行くほど田舎も多く、たまに地方都市がある。いわばグラデーションの作りをしています。
でもスペインってなんか違う。メインの街(城郭都市)がどんっどんっと各地にあって、その間に自然あふれる田舎がある感じ。もちろんその間っこにある田舎にも村があって、素朴で素敵な生活があるようです。
でも考えてみれば、ですけど。古代ギリシア・ローマの街もそんな感じでしたし、人々が集まって暮らすこと、場合によっては外敵を排除するために高い壁を作ることは自然でしょう。

 

そんなわけで、トレドも伝統ある城郭都市の一つとして栄えてきたよう。この度で印象深かったのは、意外にもトレドでした。狭い街であまり滞在こそしませんでしたし、極めてキリスト教的な場所でしたが、いるだけで特別な気持ちになれた街でした。

西ゴート王国の首都であり、イスラムユダヤ・キリストの文化の融合が見られる場所。16世紀には世界史の教科書にも載っているギリシア人画家エル・グレコが、宮廷画家の夢が破れたのちにトレドに居住し、主要な大聖堂などに絵を描きました。新市街と旧市街があり、メインの観光は旧市街。旧市街はとにかく段差と高低差のある街なので、靴は歩きやすいもの、それから元気が必須です。

この辺りはバレンシアバルセロナと比べて極めて涼しいです。日本よりかは過ごしやすい感じ。

 

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ひょっこり見える、トレド大聖堂(カテドラル)の鐘楼。


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これはなんかの広場。
疲労でヘロヘロでしたので、残念ながらあまり覚えていない…。本当に坂道が多いです。坂道の途中途中に、こんな感じの広場や名所がある感じ。


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トレド大聖堂内部、微笑むマリア。微笑むマリアは珍しいそうです。


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マリアの両脇にあるのは聖歌隊席。
本当に人が座れる仕様ですが、この手のかかりようはすごい。
上のパイプオルガンはマリアの両脇にあって、様式が違うらしいです。


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こちらは祭壇。
日曜午前には礼拝があるため、その準備をしていました。めっちゃでかい。


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この辺りはエル・グレコの作品です。
上の写真はどこかにグレコがひょっこり顔をのぞいていると聞いたけど、どこにいるかわからず。


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トランスパレンテ。単体で見るのも素敵なんですが、「暗い」という彫刻のために、上に天窓がつけられたそう。この天窓がとっても綺麗です。天窓の奥まで、よくよく確認必須。上部と下部で、作りが違います。


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トレド市庁舎。


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トレドは3つの宗教の影響を受けた街だそうですが、それは壁を見ると顕著にわかると言います。
下の写真は、手前側と奥側で壁の感じが異なっているのですが、手前のように石も交えて丈夫なように作っているのがキリスト、奥側のような壁がユダヤ教風の作りだとのこと。

 

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本当に立派な城郭都市なんだ〜と感動して撮影しました。高い城壁に囲まれた街です。
見どころ満点でした。

 

✴︎マドリード✴︎

「基本的に新しい街だから、見どころはないよ」とは聞いていたのですが。
まぁ確かに、記憶にはないかも。


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オリエンテ広場をぐるっと行く〜。


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マヨール広場はご飯屋さんとかが多かった気がする。
早朝で、寒かったなぁ。
スペインは基本的に朝が遅い国だと感じました。人々の生活リズムが遅いというのもあるんですが、そもそも9月であっても6時という時間が相当暗い時間に当たります。それもそのはず、スウェーデンストックホルムポーランドワルシャワと同じ時間を使っているため。1時間程度のズレがあるというか。


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スペインの通りの名前は、それぞれ建物にしっかり刻んであります。


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普段は使用していない王宮。
あえての側面から撮影しましたが、昼間になるともっと人が多いそう。

 

この後プラド美術館に行ったのですが、あちらは撮影全面NGですのではしょります。
広い美術館でしたが、全ては見切れなかったので、いつか再チャレンジしたいな。結構日本語も多くて、わかりやすかったです。この辺りになると、マドリードの空港近辺になるので、個人旅行はしやすいかもしれません。

 

✴︎おわりに✴︎

ツアーだったので色々回る感じで疲れました。疲れたせいもあって、初日のバルセロナ以外はちょっと駆け足みたいなブログになっちゃいましたね。

なんだかんだ個人で回ったところが一番楽しかったので、次からは個人で手配しようかと思う一方、一人ヨーロッパやニッチ・交通手段が少ない観光地に行きたいときはやはりツアーの方がいいかも。トレドなんてどうやって行けるのか、ちょっとわかりません。なんだかんだで次の旅行もツアーになりそうです。

トイレがどこに行っても汚かったり、乾燥が酷すぎてアレルギー性鼻炎のわたしの鼻の中が乾燥しまくりで痛くなったり、泊まったホテルの衛生面が心配になるほどひどかったり…健康衛生面の悩みが多かったです。でも、食べ物は美味しかったし、歴史もたくさん学べて、吸収するものが多い旅となりました。星2つのホテルは2度と泊まりません。せいぜい4つですね。

 

さて、次はどこに行こうかな。またヨーロッパでの旅行を計画していますが、自分一人旅もしたいかな。
ブログを書くのにとっても時間がかかりましたが、なんとか9月中に滑り込みセーフできましたのでよかったです。

 

【ROCK IN JAPAN FES.2023】ロッキン備忘録

 

8月5日(土)ロッキン初日に参戦しました。

以前から行ってみたかったロックの野外フェス、しかも夏☀️
なにわ男子のチケット外れ、ジャニーズJr.のドームコンにも敗れ、Mrs.Greenappleも…。夏の予定が白紙ということに7月になって焦り、サマソニのリセールとロッキンのリセールを狙ってやっとロッキンを引き当てました。

初心者なりに参加して感じたことを備忘録としてまとめました。来年もまた行きたいけど…本当に辛かったので、忘れずにいようと思う…。

 

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めーっちゃくちゃ天気良かった。最高だった。(グッズ・クローク会場です)
そして、暑かった。

 

1. カバンはリュックやショルダーバッグ

何が正解とかはないのだけど、個人的にはどちらかかなと。手を楽にして且つ目の届く場所に荷物があって欲しくてショルダーで行ったけれど、1番はリュックが良さげ。荷物たくさん入るし、そこまでごちゃごちゃ混雑はしておらず足元に荷物を置いて見ることができて、すられるとかの心配はない。

ショルダーでたくさん荷物を持っていると、肩のあたりが擦られて真っ赤になることがあるので要注意でした。

 

2. 500mlペットボトルは常時2本携行する&すぐ飲めるよう工夫する

1本はかなり不安!普段ほぼ水を飲まない(日中はお茶ひと口で充分レベル)わたしが7時間で1.5L飲みました。同行者の友人は3L。会場内は自販機もあるし、屋台で売ってるけど、なくなってすぐ手に入る可能性は低めです。特に昼の暑い時間帯はぬるいポカリを買うのに屋台で30分待ち。自販機もところによって準備中です。30分も水分不足で突っ立ってたら死ぬから、無くなってから買うとかじゃなく2本はもっとこう。逆にわたしレベルでその本数なので、もっと普段から水飲む人は3本持ってても変じゃない。

自販機はフクダ電子アリーナ2階がおすすめです。トイレも昼頃なら空いてた。
丸の内OLのトイレの方が長いです。あいつらなんであんなにトイレ長いの?

 

ちなみにカラビナ式のペットボトルホルダーを持ってる方が多かった。キャップの部分に丸いところを引っ掛けて、カラビナでベルト部分やバッグにつけるやつ。肩から保冷ペットボトルホルダーをかけてる方もいたけど、カラビナ式で2個ほど手元にかけるのが便利そうです。あれいいなー。今度買う。

↑こんな感じのやつ。

 

3. タオルは大きめのフェスグッズを

マフラータオルもいいのですが、大きめで頭から首にかけてすっぽり隠せるものが良い感じ。

アーティストによってはフード付きタオルのグッズがあるみたいなので、持ってるならそちらがベストだと、ロックフェス常連の美容師さんが語ってました。実際、大きめタオルは最低限必須かも。会場内で日傘はほぼ使えず、灼熱の太陽を抑えるにはタオルが安心になります。服は小さかったりするからね。

 

4. 水は躊躇なく飲むこと

これ書いてるのロッキン帰宅後の真夜中ですが、現在2L飲んでてまだ喉乾いている感じが抜けないので、水はたくさん飲もう。1〜2時間ごとにトイレ行くくらい排尿の頻度が高く、今回もそれを考慮してなるべく暇があったり少しでも行きたくなったりしたら行ったのですが、汗やばくて水分はほぼ汗で出ていくので尿はほとんどでませんでした。しかも真っ黄色!めちゃくちゃ水分不足の尿です。

熱中症にかかりかけていたのか、芝生の上に腰掛けて歌を聞いていたらひどい眠気に襲われることも。爆音なのになかなかです。

 

5. 汚い

ロッキンから帰宅して鼻をかんだら、鼻水に黒いものが混じっており…。
不潔なところにある程度いると、一時的に鼻水にほこりか何かの黒いものが混じるらしいです。今度から人混み行ったら鼻ちゃんとかみます。キモすぎる。

あと、蕁麻疹出ました。アトピーも悪化。翌週会社休んで皮膚科行きましたね。

 

6. 無理せずに行動

強い気持ちで間近で見たいアーティスト以外は前列の方まで行かない。人混みに入るのはかなり危険。人との距離はあるに越したことないので、少し不安だったら豆粒レベルにしか見えない距離にはなるけど遠目から眺めると良かったです。座って新鮮な空気を吸うだけでも全然違う。フクダ電子アリーナも若干風通し悪いとはいえ、広くて日陰でゆとりがあり、良かった。

倒れている人が続出していました。
特に女性で体調悪そうな人が多くて、日陰でうずくまっていたり寝転んで介抱されていたり。カップルで来ている人も多かったようなんですけど、横に付き従う彼氏の顔が…って感じだったので、楽しい思い出を台無しにしないよう、自分の体調と体力にしっかり気を配ったほうがいいなと思いました。自分は楽しみたいのに、同行者が体調不良だと心配だし、ちょっとがっかりよね。仕方ないのだけれど。

 

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ちょっこり感想

ロッキン初日に参戦しましたが、ポップス系の方々が多かったのであまりロック感はなかったですね。
個人的に一番楽しみにしていたのは緑黄色社会でしたが、一番盛り上がったのはゆずでした。ライブ慣れしていて、盛り上げ方やMCがすごく楽しかったです。湘南乃風も、音楽でぐいぐい盛り上げていく感じがとても楽しかったです。入場制限がかかったものの、最高峰で座りながら応援してました。
優里は言われているほど歌は上手ではなかったです。NHKのど自慢上位5位くらいだと思います。ヒット曲のロックアレンジは失敗だったと思います。

あとは後ろからずっと若い男の子たちにマウント取られていたのが不快でした…。うるさかったし、カバンや二の腕ベタベタ触られるし、舌打ちしたりエルボーの素振り見せてめちゃくちゃ抵抗しまくってたらやめたけど、言葉で注意すべきだったな〜。キモすぎたので供養します。来年これされたら即座にぶん殴ります。

 

以上でした〜。

 

P.S.

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これは丸の内の職場近辺で食べられるランチコースメニューの前菜。
すごくおいしかったんですが、途中で会議があってメインの直前に離脱することになってしまいました。
最後まで食べたかった…。次再チャレンジします。

【読書メモ】遠藤周作「沈黙」を読む

 

前回コロナにかかったレポを書いたからか、色々とスターをいただいてありがたい限りです。いただいたスターのお返しはしましたが、返せなかった方もいるので、ここでお礼申し上げます。

 

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仰々しく「書評」と題して投稿しようと思っていたけれど、後から見返していたら、これは「読書メモ」という方が正しいな、と思ったのでタイトルを変更した。もう少し自分の考えをまとめて書くというか、感じたことをぶつぎりではなくそのまま書けるようになったらいいのにな。

 

この本を読むことになったきっかけはひとまず横に置いておく。

この本は数年前、マーティン・スコセッシ監督のもとハリウッド映画化された作品だ。欧米における、「キリスト教文学」というジャンルにてきわめて日本的な文学でありながら、高い評価を得ている。

登場人物の大半は日本人であることから、映画もほぼ日本人俳優であったらしい。観てないから知らないが、結構な実力派やベテラン達が集まった、力のこもった映画だったようだ。

この本を読み進める中であまりにも感激し、うっかりGoogle検索してしまったところ、そんなベテラン俳優が、欧米メディアに取材を受けている記事を読んだ。

「日本においてもこのような悲惨な迫害があったことを忘れてはならない」と、その俳優は熱弁してインタビューは結ばれている。

 

そうだ、この国においても、くだらない宗教のためにたくさんの血が流れたことがある。思想の違い、信条の違い、そういったものによって起こされた争いは、西洋世界に限らず東洋に、そして日本においても存在した。

しかしだからなんなのだ。この俳優の言っていることは間違っている。少なくともこの作品や、それをもとにした作品に対しての感想としては間違っている。そんな頭で、よくもまぁインタビューを受けられたものだ。よほど、お勉強ができないのだろう。「思うことはひとそれぞれ」という言葉に括るのも、無理があるほど無知な俳優である。私は心底軽蔑する…。いや、もしかして、西洋世界で映画化されたこの本は、このような西洋的な価値観のもと、捻じ曲げられてしまったのだろうか。そして、この俳優もこのような感想を持たざるを得なかったのか…。

 

ただの「キリスト教が迫害されました」という本であるならば、遠藤周作という小説家がわざわざ筆を取ることはないはずだ。遠藤周作に限らず、小説家という人種は、内に秘める強い熱を発散するために、小説を書いていると見受けられることが多い。もっとこの本を読んで感じることはいくらでもある。そもそも、テーマ自体がひとつに限らないように思う。遠藤周作は、自分の思いの丈をひたすら書き綴っているように感じる。

 

師であるフェレイラの棄教の真実を知るため、高尚な想いを抱えて長崎に降り立ったロドリゴとガルペの目の前には、重税を課され、信仰の機会を奪われて苦しんでいる信徒たちが、信仰を心の支えに生きている。当初はこそこそとキリスト教の教えを語るロドリゴであったが、そんな中にも卑怯者がひとり。それが、愚かで惨めなキチジローである。腹立たしいほど卑怯な人間であり、ある意味では愚かな笑い者でもある。ロドリゴはそんな彼に裏切られて投獄され、棄教か死かを選ぶ。
物語の中では、たくさんの日本人信徒が殺される。殺され方も酷いもので、衰弱死や溺死など、ロドリゴの前で悲惨な死を迎えていく。ロドリゴと共に海を渡って日本までやってきたガルペも、海に落とされる日本人信徒のために海へ沈み、命を散らした。
こうした現実がロドリゴの目の前にあるにもかかわらず、神は救いをもたらさない。

そのような現実を前に、ロドリゴは自らの信仰と向き合うこととなる。

 

神とは何か。神は、信じる者を救ってくれる存在であるのか。


ロドリゴはガルペのような気概も持たず、ただ短い間とはいえともにあった日本人信徒と同郷の士が死にゆくのを見届ける。過去に疑問に思っていた、しかし考えてまではこなかった疑問が、ロドリゴの頭の片隅で浮かび上がる。

 

この国におけるキリスト教とは、宗教とは何か。正しさとは、何か。

 

ロドリゴも疑問に思っていた部分であるが、日本におけるキリスト教は、また異形の信仰である。「人を超越したものを理解しない」日本人には、神は人型であり、仏教徒が数珠を欲しがるように聖職者のロザリオを欲しがっては、神社のお守りのように大切にする。ポルトガルから来た聖職者にとってはまた違った宗教に見えるはずである。

この時代は16世紀ヨーロッパの宗教改革プロテスタントが発生してからそう時間は経っていない。カトリックイエズス会所属聖職者からしては、広い意味で日本のキリスト教プロテスタントに近い存在にあたるだろう。正しい信仰を押し付け合い、その教えを広めるため、あるいはビジネスのために多くのヨーロッパ諸国が世界各所へ羽ばたいていた17世紀。聖職者でありポルトガルから来日したロドリゴは、この土着宗教を許すことはできない立場にある。

しかし、目の前には困窮し疲弊しきった、同じキリスト教を信仰するらしい日本人信徒が救いを求めている。その上で、キリスト教とは、正しさとは何か。なぜ神は沈黙し続けるのか。この信徒たちを信徒と認め、手を差し伸べるべきか。
ロドリゴには、必ずしも一つの正解が見えていたわけではない。フェレイラとの対談を経て、地獄の時間を経て最終的に下した判断は、沈黙し続ける神に背き目の前で苦しむ人を救う決断だった。

 

ロドリゴの選択は過ちなのか。彼は、本当に神に背く者であるのか。

 

作中には頻繁にキリストの13番目の弟子、裏切りの「ユダ」が出てくる。キチジローはこのユダに準えられ、キチジローのみっともない姿を見るロドリゴは、いつもその姿にユダを重ねる。みっともない卑怯者たるキチジローも、全くの悪人なんぞではない。その弱さには、元々の心根もあるが、迫害を受けた自分と家族たちの経験から見据えた人生観や生き方というものがある。キチジローだってキリシタンとして、苦しみから救って欲しかったはずである。過去を振り返ってみれば、キリシタンというだけで迫害され、苦しみながら日々を細々と生きていくことしかできないのに、強さというものをものを持てる人間は、それなりの素質がある人間だ。信仰を続けることの苦しみ、恐怖、それに耐え切ることができない弱い人間であるといったって、彼が苦しまなかったことはない。

 

少し話はずれていくが、2011年の東日本大震災のとき、宗教なんかに何ができたのだろう、と思う。せいぜいお坊さんや神父さんなどがボランティアをするくらいだ。しかしそれも、事が起こった後の話。
数万人が犠牲になった自然災害であるが、その犠牲者や生き残った被災者の中にも、仏教やキリスト教、その他の神を信仰する者がいただろう。しかし彼らに、宗教がどのような救いをもたらすことができたのか。心の安らぎなど、そういった面では救われるかもしれないが、「もっと生きていたい」「以前の暮らしを取り戻したい」という思いの人々にとっては、救いというものは訪れなかったと同義だ。

本当に神や仏が救ってくれるのなら、わざわざ死後の世界なんかで幸せに、苦労なく過ごせるようになどと説き伏せることはないだろう。辛いのは現実世界においてであり、しかもこちらが一方的に信じてばかりいるだけで、あちらは何もしてくれないのに、信仰心を継続することなんて不可能に近い。

ロドリゴもキチジローも、この長崎で生きている間、信仰の意味を見出せなかったはずだ。神はずっと、直接の救いを与えてはくださらなかったのだから。

 

しかし棄教後にロドリゴの元を訪れたキチジローとの問答は印象的なものだった。告悔を聞いてもらえなかったキチジローは怒ったようだが、そこでロドリゴは解を得た。ロドリゴはこの国で最後のキリシタン司祭である。今までの、そしてこれからのその生き様は、誇りのために生きるそれである。ロドリゴキリシタンとしてやってはならないことをした。ただし、ロドリゴは信仰を捨てたわけではない。ある意味で官僚主義的な組織のあるイエズス会からは破門されただろうが、それ以前に彼はキリシタンなのである。キリシタンだからカトリックプロテスタントの宗派やら教会やらに属さないという必要はなく、彼がキリシタンという自覚を持ち、信仰を続けているのならキリシタンである。神に背いてなどいない。

ロドリゴの人生は無価値ではなく、神のために生き続けることにこそ意義がある。信じるものを見失ってしまいそうになる弱い心も、さまざまな経験や想いからキチジローのように強くなる。また、キリスト教の根付かないこの国において、それでもなお心の奥底からキリシタンとして生きるロドリゴの存在というものは、この国の、いるのかいないのかすらわからない惨めな日本人信徒の光であると思う。日本人信徒たちにとってのキリスト教というものが変化したとしても、長崎の孤島に生きる隠れキリシタンたちが夢見たパライソを壊さなかったように、この国で生きる信徒たちのためにもあるように感じる。キリストに自らを重ねたロドリゴは不遜な存在に思われるが、ここから始まるのだ。

 

キリスト教徒であった筆者の信仰とはまさにこれなのであろうと、綺麗に集約される本であった。

 

いまさらコロナにかかりました

 

ワルキューレ、iKON、King Gnuの3週連続コンサート周遊を敢行中、家族がコロナに感染。自分も何かおかしいな、と思いKing Gnuを諦めたところ、数日経って感染しました。

 

コロナの威力、すごいですね。
「もう一生縁がないんじゃないの」とかヘラヘラしてましたが、あっという間に家族みんなに伝染しました。熱出た当日、発熱外来の予約をしそびれて、仕方なくかかりつけ以外の病院にかかったのですが、思いきり外オンリーでの診察と隔離され、すごく寒くてつらくて惨めで悲しかったです。
コロナにかかったせいで美容院もまつげサロンも行けなくて、なんか今、薄汚いです、わたし。
ネイルってだいたい3週間も経つとめちゃくちゃ伸びてきて、パソコンカタカタしていると違和感あるんですが、もう4週間ぐらい替えてません。今人生で一番爪長いです。髪の毛もボッサボサのスッカスカで、信じられないくらい色落ちしている状態です。うちの会社でここまで茶髪の人見たことない。まつげもだいたい1.5〜2ヶ月に1回はラッシュリフトしに行くようにしているんですが、ちょうど切り替えのタイミングでコロナにかかってしまったので、綺麗にカールしていたまつげがバラバラに。

今は療養期間も過ぎて、平穏が戻ってきていますが、「もうすぐ週末!」という時期にコロナにかかったせいで、ネイルも美容院もまつげも全キャンセルする羽目になりました。本当に本当に、ここ1週間の自分に耐えられなくて鬱でした。やっと今週、まつげ以外は行けます。

 

身だしなみ談義はここまでにしておいて。

コロナしんどかったです。
わたしは熱こそそんなに出ませんでしたが、痰や倦怠感が強く出て、ベッドに寝たきりの生活が続きました。
熱は土日含めて3日で下がったのですが、椅子に10分と座ることができないレベルの倦怠感があり、上司に話して在宅勤務へ切り替え。療養期間が終わる頃、なんとなく体調が戻った気がして出社したものの、吐き気と熱っぽさに襲われ、翌日からさらに在宅になりました。ざっくりと1週間、吐き気・夕方の熱っぽさ・椅子に座れないほどの倦怠感・食欲低下などなどに悩まされました。気持ち悪さとだるさのためにひたすら右側を下にして寝転び(なんでかわからないけど気持ち悪い時は右側を下にして横向きに寝たり、炭酸飲んだりすると気分が落ち着く)、食欲がないために2〜3口のご飯でしのぐ日々でした。

「やる気が出ない、身体がずっとだるい」「食欲わかない、ずっと吐き気がする」「なんでかわからないけどめっちゃ髪の毛抜けてる」……「もしかしたら一生このままなのではないか」とコロナ後遺症にめちゃくちゃ怯えていたのですが、発症から1週間の現在、喉の痛み以外はなんと全快しました。なんだったのだ。

 

多分なんですけど、きっかけは「肉」です。

 

正直体調は全面的に悪かったんだけど、今後の就労とか考える上で一番厄介なのが「倦怠感」というものでした。コロナかかっている人でも単なる倦怠感で長々休む人っていないし、そもそも就労している人ってだいたい疲れている。なのに、「倦怠感が抜けないんで」で在宅したり休んだりって、なかなか認めてもらえないんじゃないかと思ったのです。
だから、とにかくだるさを取るために必死で、「倦怠感 よくするには」で検索をめちゃくちゃかけたところ、見つかった情報は至ってシンプルでした。

 

「ビタミンB群を摂取しましょう。つまり、肉を食べましょう」

 

肉は肉でも豚肉がいいらしいです。
当時コロナで異様に食欲が落ちていて、とにかく口に入れて飲み込んで薬を飲むことを重視し過ぎており、肉というものは考えたこともございませんでした。
でも考え直してみれば、確かに栄養たりてないな、と。肉を最後に食べたの、確か罹患前。

 

そう考えるや否や、その日の昼ごはんはガストのデミ玉ハンバーグと決定。
出前をとって、肉野菜中心に食べてみました。

食欲低下のせいで何が食べたいとかの感覚も麻痺しており、自分が食べられる量の把握ができていなかったようです。元気だった頃とほぼ同量の昼食(総カロリー1000超)意外と食べられたので驚きました。あれ、自分、もしかしてお腹減っていたのかな、と。

食べた瞬間あら不思議で、それまでずっと悩まされていた倦怠感が和らぎました。やはり疲労が出やすかったのですが、2時間以上座って作業することも問題なくできるようになりました。そして、夕方の熱っぽさも和らぎ、ついに今日、従来通りの生活を取り戻すことができました。

 

 

時間経過ももちろんあるとは思うのですが、やはりきちんと食事をとりだしてから体調が良くなりました。弱っていた状態をずっと引きずってしまっていましたが、よくないですね。危うく、拒食症になるところでした。

ここ1週間自分も大変でしたが、同じチームのメンバーにも多大なご迷惑をおかけしてしまいました。めちゃくちゃ心配されてしまって、居た堪れなかったです。わたしの周りはスーパーマンが多いので、コロナかかってここまで酷い状況を引きずったのはわたしぐらいでしたので。
現在もコロナ後遺症に苦しむ方々がいらっしゃいますが、わたしとしては、もし、食事を満足に取れていない時は、しっかりご飯を食べることをおすすめしておきます。それでも治らない!という悩みを抱える方が多いとは思うのですけどね。

約1年ぶりに風邪をひいて、辛さをどう紛らわすかという戦いに身を投じることからスタートした療養期間が、無事に明けました。来週から通常通りの生活に戻れるよう尽力いたします。もう2度とかかりたくないですね。

 

今日はここまで。

【ライブレポ】ワルキューレFINAL TOUR DAY1に参戦しました!!

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昨日、有明アリーナのワルキューレライブに参加しました。

去年行った時は友人と一緒だったのですが、今回はその子がK-CONに参戦するのにお金(よく知らんが3万円くらいかかるらしい)が必要だから!とのことでぼっち参戦。
なお彼女、K-CONに外れたそうです。どんまい。

ペンライトとかリボーンのままでいいか、だってラストだしなぁと考え、グッズは何も買わず参戦。物販もよらず、時間ギリギリに会場入りしました。

 

会場から帰宅するのに遠いし、席もあまり良くなく、アンコール前に帰宅決めましたが、全体的にはよかったです。

あまりMCもなく、淡々と楽曲が流れるという感じ。リボーンの時は新曲がメインでしたが、今回はアニメにそうかたちでのライブでしたので、基本的にはアニメ+ちょっとだけ映画の曲という印象でした。やはり、ラストですからね。


少しだけあるMCの際、JUNNAが少し役に入って喋っている感じが良かったです。JUNNAちゃんはね〜、声優さんじゃないからな。観客に向かってコールアンドレスポンスするために、ミクモさんっぽくちょっと喋って、声が足りないから「まだまだ足りない」と言いたい時言い方がわからなかったのか、手で大きく「バツ」を作ると、そこで助け舟を出すみのりんご。可愛かった!

 

アリーナステージは、リボーンの時はセンターステージがメインでしたが、今回は真正面がメインステージなので、すんごい遠かったです。有明アリーナの構造鬼畜すぎない?それよりも横アリのが嫌っちゃ嫌だが。
ただワルキューレたちが、「こんなに走って大丈夫?」というレベルでサブステージを駆けずり回るので、アリーナ席の方はメインステージから遠くても問題ないという感じです。リボーンの幕張もそうなんですが、本当にあちこちステージあって、縦横無尽に走り回るので、ファンとしてはめちゃくちゃありがたいですよね。昨年からたまに行くK-POPのステージはメインとサブがそれぞれ1個、遠い席はめちゃくちゃ遠いという感じなので、それよりも全然恵まれています。

それと、わたしは4階席だったので恩恵ありませんでしたが、「いけないボーダーライン」の時、2階まできて歌ってくれましたよ。ただ4階からすると、見えなかった。なのでそこはすごく残念でした。ただ、ワルキューレたちがステージを走り回る姿はすごくよく見えましたし、リボーンの時もそうだったんだろうな、と思いました。
そういや今回6月上旬にも幕張でライブありますが、その時は全席アリーナかな?去年と会場別だったら分かりませんが、全席アリーナかつ今回のようなステージ構成だと近い人は近いけど、遠い人はめちゃくちゃ遠くてこの恩恵を一切受けられませんので、今回4階席で辛かったわたしより辛いことあると思います。流石に全席アリーナならど真ん中がメインステージだと思いますが、頑張りましょう。

 

今回当然生バンドな訳ですが、もう最高でした。やっぱり生バンドしか勝たん。
当方ブランクが随分と長くなりますが、一応ドラマーかつパーカッショニストなので、「Walkure Attack!」のあのドラム、生でしっかり観れて感動でした。あのドラムやばないか。

残念な点を書くとすると、わたしの両隣のオタクがうざかったことくらいですが。いちいちこちらのスペースにせり出してきて、うざいことこの上なかったです。
ただ、ライブそのものは楽しめて、良かったです。
来週はiKON、再来週はKing Gnuと、これからのワルキューレライブには参加できませんが、いいタイミングで配信があったら配信で楽しめたらと思います。確かみるハコか映画館しかない気がしますが。
これでラストライブなのが本当に悔やまれます。きっともっと、楽しめただろうに。それでもFとかもたまにライブやっているみたいなので、そういった形で今後楽しめたら嬉しいことこの上ないです。
ラストといえば、これからマクロス新シリーズはあり得るのでしょうか。F→Δの間隔ならもうそろそろでしょうか、そもそもFまでかなり時間が経っていたような気がしますので、当面ない可能性ありますよね。早いうちにお目にかかりたいものです。

 

最近余裕がないと、思うがままに綴る

 

最近、余裕がありません。

 

GWはカレンダー通りのお休みだったものの、やっぱりもっとたくさんお休みほしい。
有給取れるか確認し、やっと今日、取れました。

 

土日は何も予定を入れず、ぼーっと過ごします。

 

本当に、本当に、しんどいかもって思ってます。

 

仕事のストレスは減ったんですが、なんていうかこう、通勤疲れるし、新しい業務の勉強しないといけないし、プライベートがなかなか充実しないし、あと運動不足。
そろそろ社会人サークルでも入ろうかな、と思っているんですけどね。じゃないと、なかなかできることができやしない。中学生時代やっていた、吹奏楽をまたやりたいです。

 

それはそれとして、今日有給とって、とりあえず夜に婚活の予定を入れたんですけど、純粋に休みたい気持ちが出てきています。
夜のお出かけ、好きじゃないのよね〜。特に、この季節は。
おひさまの出ているお昼時が、とってもいい感じなのです。
地元が田舎なんですが、ポカポカ青空で晴れていて、すっごく気持ちいい。緑も豊かだし、飼っている猫は輝いているし。読書をしていると、心がとても豊かになる。

 

そんな日々が、何気ない日常が、ずっと続けばいいのですが。
無情にも、時は過ぎていく。

 

永遠というものはないと、幼い頃から常に感じてはいるのですが、それを受け入れるのは大変難しいことでした。
年々歳を重ねて、自分の求められることに変化がないと焦り、しかし自らを取り巻く環境に変化があると、苦しみと寂しさに襲われてきました。まだこれからやってみたいことがたくさんあるのに、その「やってみたい」があればあるほど、わたしはいまだに幼い頃の心に囚われていると感じています。

「やってみたい」という気持ちは、ただの希望ではなくて、「できない」という気持ちがあるからこそだと思っています。
だから、「やってみたい」に囚われるわたしは、できないと思うことが多すぎると。どのような理由であれ、わたしに足りないものはたくさんあるとひしひしと感じているのです。

 

でも、悪いことではないかな、と思うこともあるのです。

わたしの何かを変えたいと、色々な人と会う機会をこさえて、習い事も考えてみたり、アウトドアイベントやコンサートに通って非日常を楽しんでいるところですが、そうやって非日常を求めるわたしは、ある程度「満足している」とも思うのです。

学生時代はとにかく早く大人になりたくて仕方なかった。
それは自由になりたいからではなく、人生のステップを進めていきたかったから。
就職して仕事に励む今、まだできないことはあれど、たくさん思い悩むことはあれど、自分の人生を思いのままに生きていると実感しています。だからこそ、何か変化を付けたくてもどかしくあります。

 

たまに、わたしは損な性格だとか、あまり成功していないとか、思い通りにできていないと考えてしまうことがありますが、わたしらしくという観点であれば、わたしの人生はこれでいいのかも、と感じてます。

 

思うがままに、あれこれを書き綴っていますが、これ、本当に意味わかりませんね笑
色々と書きたい気持ちと、「時間がない」という焦りがあってぐちゃぐちゃになっていますが、今の自分の不安とか考えはぼんやりとした形にはなっているかと思います。

また、今日もがんばります。